記憶にない記憶

先日、父が亡くなり、残された遺品を整理してたりするのですが、どれも古く使い込んだものばかりで、見ると取るに足らないガラクタばかり大事そうに仕舞ってあったりしていて、そんなものを見ると、なんか寂しいような…愛しいような…私の記憶の中にある父の慎ましくささやかな人生に思いを馳せてみたり、その度にちょっとキュンとしたりしてはなかなか整理がはかどらないでいます。

そんな中の一つがカメラ………。

ASAHI PENTAX SPOTMATIC
http://www.cosmonet.org/camera/pentax_sp.html
MINOLTA UNIOMAT
http://puppysisland.3zoku.com/uniomat.html

調べると、共に1960年代のカメラ
私の子供の頃の写真はみんなこのカメラ達が撮ってくれていたのかも?
ほとんど私の記憶にない時代………。
若い父はどんな表情で写真を撮っていたのだろう。
今のカメラに慣れた私には扱いに難しいフィルムカメラのファインダーを覗く父の姿を思い浮かべてしまう。そのファインダーの向こうにいた子供の頃の私は少しは父に幸せを与えることが出来ていたのだろうか。どんな会話をしながら写真を撮っていたのだろうか?今と違って写真をたくさん撮る時代ではなかったはずだけどそれでも折々に残された写真たち…、確かにそこに共にいたはずのカメラにどんな記憶が詰まっているんだろ? 私が息子の笑顔にいっぱいの幸せをもらっていたように、そんな思い出がいっぱい詰まったカメラだといいな。

写真て不思議、その写真に写っている人や物を単純に記録するだけのものでなく、その時の時間やそこにあった思いごと蘇らせてくれるTime Machineなのかもしれない。カメラを手にしつつ、記憶にないずっと昔の写真に見入りながら思う。

そんな記憶にない時代、そしてそれよりもっともっと前の父の人生。その父の人生があったから今の私が生きていること。そんなことを思うこの頃。写真のように記憶や想いが詰まった絵が描ければいいなとか、なんだかそんな風に脈絡もなく取り留めのないことを思ったりもする。